大阪高等裁判所 昭和43年(う)249号 判決 1968年6月24日
主文
原判決を破棄する。
被告人を懲役三月に処する。
原審における未決勾留日数中三〇日を右本刑に算入する。
但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。
押収の竹の棒一本(昭和四三年押第六五号の一)を没収する。
原審及び当審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。
理由
<前略>
控訴趣意書の論旨は、原判決が、本件公訴事実すなわち「被告人は、正当の理由がないのに、昭和四二年一〇月一七日午前〇時三〇分ごろ、姫路市北条口一五六番地高尾旅館前において、所携の長さ約六七糎、直径約2.3糎の竹棒で、同所に設置している姫路市長管理にかかる火災報知機の覆いガラス一枚を叩き割り、同報知機を損壊した」との消防法違反の本位的訴因を排斥し、火災報知機の損壊を認めず、単に同報知機の覆いガラス一枚を所携の竹棒で叩き割り、器物を損壊したとの刑法所定の器物損壊の予備的訴因を認定し、被告人を処断したのは、消防法三九条にいう「火災報知機の損壊」の意義を誤解し、法令の解釈、適用を誤つたもので、その誤は判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないというのである。
よつて、検察官及び弁護人の各所論を検討し、記録を精査して案ずるに、本件火災報知機は、火災が発生した場合に、速かに消防機関に報知し、これを受信した消防機関において、迅速に消防隊を出動させ、消火活動ができることを目的として、消防法その他の関係法規に基き、姫路市が公共の用に供するため設置したものであつて、必要の際は、常に正確に動作するものであることを要するとともに、虚偽の通報等不正なことに使用されないように厳に保護されなければならないものである。
ところで、右関係法規並びに原審証人岡本功の供述記載により、本件火災報知機の構造について検討すると、同報知機は、昭和三九年四月一五日自治省令第九号(火災報知設備に係る技術上の規格を定める省令)に規定する火災報知設備中の発信機に該当し、その構造を有するものと認められ、鉄柱に取付けられた鉄枠(外箱)の機器内に、押しボタン式のスイッチを装置し、その表面を保護板としてガラス板(以下覆いガラスという)で覆つたもので、火災発生の際は、その覆いガラスを破壊して、中のボタンを押し、それによつて電流が通じ、よつて消防機関側の受信機に火災の発生が通報される構造になつているもので、従つて、右火災報知機の覆いガラスは、同報知機を不正に使用されることから防止するとともに、右鉄枠の機器内に雨水、ほこり、湿気、こん虫等が入つて、報知機の機能に影響を与えることがないように、右機器を保護するための重要なもので、右火災報知機の一部をなすものと認めるのが相当である。
そうだとすると、消防法三九条にいう火災報知機の損壊とは、同法の目的並びに火災報知機の機能及び構造に照らし、火災報知機の主要部分を損傷して、その機能に直接障害を及ぼした場合に限られず、同報知機の一部に損傷を加えて、報知機の機能に障害を招来するおそれのある状態を顕出させた場合をも包含するものと解するのが相当であり、本件被告人のように、正当の理由なくして火災報知機の覆いガラスを破壊した場合も、正に火災報知機を損壊したものとして、一般法である刑法の規定に優先して、特別法である消防法三九条の規定の適用があるものといわなければならない。(昭和三四年一二月一五日最高裁判所第三小法廷決定、同裁判所裁判集一三一号九四九頁参照)
しかるに、原審は、これと見解を異にし、本件については、未だ火災報知機を損壊したものではないとして、消防法三九条の規定を適用せず、刑法二六一条所定の器物損壊罪の規定を適用したのは、法令の適用を誤つたもので、この誤は、明らかに判決に影響を及ぼすものであるから、原判決は破棄を免れない。<以下略>(奥戸新三 中田勝三 梨岡輝彦)